*主婦(仮)*


幸、愛は不幸。アキコは秀才。杳子は神経症。マリアは漫画っぽい。
ユキ、レイ、トモミ、カナはありきたり。

娘の名付けに4ヶ月を費やした主婦は、主人公の名前も満足につけることができませんでした。

なので、名前が決まるまで主人公は*主婦(仮)*と記述して、
全部コントロール+ファウンド、置換してやろうと思いました。

もうすぐ冬がきて県北では雪が降っているというのに*主婦(仮)*は脇汗が肘の下まで
伝ってきているのが異常事態だな、腰も痛いし年かしら
と思うことにしました。

語尾に「かしら」をつけたのはそのほうが小説らしいかしら、と思ったからです。
なぜ*主婦(仮)*が小説を描き始めたかというのは、だんだん明らかになっていく予定に
していますが、今日はどこまで描けるのかまったく検討もつきません。

*主婦(仮)*はなるべく、経歴を隠したい。なので素性を特定されそうなことはなるべく
隠したいので、時にミステリアスに、時にあけすけに、時に明快に、時に複雑にしたい。

と思ったのだけれど、
きっと社会経験がほとんんどない*主婦(仮)*は、そんなことは到底無理だと思って、
途中で小説を描くことをやめてしまうかもしれない。
脇汗が伝ってくるのを感じる。

ヒートテックのシャツがひんやりしますが、「ヒートテック」というのは
商標登録された商品名かもしれないのでまずいかな、肌着にしておこうかな、
と迷いましたが肌着ではあまりに下着じみているので
そこはあえてライトな軽やかさを表現するためにヒートテックを使わせていただくことにしました。

*主婦(仮)*は、最近やっと「なになにさせていただく」という言葉が自然と出てくるようになって、喜ばしく感じました。
そして、「ですます調」と「だ・である調」についてはどっちかにするか判断つきかねていたのでとりあえず和洋折衷で織り交ぜることにした。

こらから帰ってくる予定の夫の設定を考えたが、*主婦(仮)*夫を持ったことがないので少しおかしいなと感じるかもしれないがこれは小説なのでお許しいただきたい。

背後を振り向くと、夫が立っていた。
「なにやってたの」

「ちょっと、かくかくしかじかで小説を書くことになりました。」

「そう。どんな小説?」

「それはまだ決まってません。でも書いているうちに、何か起こるかもしれないと
思って、とりあえず書いています。」

「何かってどんなことが起きるの?」

「そうですね。子どもが産まれたり、そんなちょっといい話があったり、何かトラブルに巻き込まれたり…不思議なことが起きたり。あと、アクションシーンも入れたいと思っています。」

「へぇ。」夫はしきりに相槌を打っている。

「俺のことも書くの?」
「はい。*素敵な名前(仮)*さんも、もちろんできてますよ。」

夫も自分同様、適当でいい名前が見つからずとりあえず*素敵な名前(仮)*としておくことにした。

「ところで娘ちゃんは?」

「あれ?」主婦は何か重大なことを思い出した。
そうだ、冒頭に

娘の名付けに4ヶ月を費やした主婦は、主人公の名前も満足につけることができませんでした。

と書いたことを。
あとまだ夕飯ができていないことにも。

「*素敵な名前(仮)*さん、娘ちゃんのことを探してきてくれますか?」
「私、その間に夕飯を作ってますから。」

「わかったけど、娘ちゃんはどこにいるの?」
「夕飯に集中したいので、ここは小説に協力するつもりで自分で考えてもらってもいいいですか?」

「ああ、いいとも。娘ちゃんのことは俺にまかせて。」夫は黒の格好いいブルゾンを羽織るとシュッと出て行きました。

「さて。」
これはなんという不覚。主婦としても、小説としても間違えてしまった。
こういうのを二重苦というのかしら。
でも、こうしている間にも時間は進んでいる私が娘ちゃんのことを考えている間にも
娘ちゃんは帰ってきてしまう。
急がなくては。

小説なのですから、きっと時間もあるでしょうに。
そこはうまい具合いにやってくださいと、おっしゃられる方もいると思いますが
主婦は時間がない生き物です。

「冷凍の餃子があったわね。あとサトウのごはんもこんなときのために常備しておいて良かったわ。筑前煮も出来てた。でもきっと娘ちゃんはきっと遠くには行っていないはずだから、どうしよう。きっともうすぐ帰ってきちゃう。」

主婦はそこではっとする。
娘ちゃんは、まだおなかの中にいる可能性もあるのでは。
名前は決まっているけれど、このおなかの中にいるのではないか。

そんな可能性も、小説の中だから秘めていてもいいのではないでしょうか。
主婦は夫のスマホに電話をかけた。

「娘ちゃん、見つかった?」

「ううん。あのさ、水を差すよう言わなかったけど娘ちゃんはまだ君のおなかの中にいるよね。」

「*素敵な名前(仮)*さん、そこまで私に合わせなくていいのに。そして夕飯ですが、なんだか悪阻みたいで…
台所に立つと気持ち悪くなってしまって、やっぱり外食でもいいですか?でも私ほとんど食欲がなくて、あとで送金しておくのでどこかで済ませてきてもらってもいいですか?」

「それはもちろん。俺*主婦(仮)*のことなら、だいったいわかるんだけど、
自分を責めないでね。
ほら、俺ずっとサラリーマンだからよくわかんないけど小説書くのって大変そうだしまして今身重なんだから。じゃあごはん食べたら戻るけど、なんか買ってくものある?」

「三ツ矢サイダーと赤飯のおにぎりをお願いします」

丸いおなかを撫でてみると、ぼこぼこと足型が浮き出てきて
ちょっとキモいな、って娘ちゃんに失礼なことを思ってしまった。























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