節子、旧友と会う。


節子はこれから矮小な巨悪と戦うことになった。
戦う術は腕力のみだ。

「専務、私これでもクラスで二番目に腕相撲強かったんですよ。負けたら
900万、ちゃんと耳を揃えて返してくださいね。」

「臨むところよ。私はね、もっと危ない橋たくさん渡ってるの。そんな腕相撲くらい負けるわけないじゃない。そんなね、1000万でも一億でもでもなんでもくれてやるわよ」

節子は少し縮こまって考えた。まずどうやって専務とやらをここまで召喚したらいいのだ。

でも何か策はあるはず。
まず考えなくちゃ。


国道が空いていたせいで、予定より10分早く着いてしまった。

喫茶店の隣にある書店にいるね。と、ラインをひとつ送るのに
絵文字の選択に時間がかかってしまって「どれだったいいじゃーん」と自分につっこむ。
10年ぶりに会うるーちゃんはどんな風になっているんだろう。

るーちゃんはJカップで冬でもいつも露出度が高めで、
いつの間にかサソリのタトゥーが二の腕に入っていて、

弟に言わせると「女子プロレスラー」
だけどセクシー&キュートな女の子でした。
でも、もう女の子っていう年でもないので「女性」と言い換えることにします。

「結婚式のときにジレンマを入場曲にしようと思うんだけど、せっちゃんどう思う?」
「あーそれ不倫の恋の曲だからやめたほうがいいよ。」
なんてストレートなことは言えない私なので
「いいよねーでもあんまりおめでたい感じのリリックじゃないから
これはー?」とユーチューブのリンクを貼ってあげた。

「ウェディングドレスのとき腕のタトゥーを隠したいんだけど、せっちゃんどうしたら
いい?」
「超ロングのグローブで隠れないかな?」

るーちゃんはメールの文章が乱れるときがあって、たまに運転中に打ってるんじゃないのかな?って心配になることもあった。
元彼が自殺したとか親が捕まったとか、病気になったとかどんなヘビーなことでも、
「最近太っちゃったんだよね」くらいのトーンで
からっと話してくれる、そんなるーちゃん。

新潮文庫の棚に目をやると、流行りなのか本を全部覆い隠すタイプの中の帯がついていて
「あの人に、本を贈ろう」というキャンペーンらしい。
るーちゃんこの中から本を贈るとしたらどれだろう。
ざっと目を通してもこれでぴったりくるものがない。

だいぶ失礼かもしれないけれど、
るーちゃんは恋愛漫画以外のなにかを読んでいるところが想像できなくて、でも10年もしたんだから、きっと大人の女性になっていることだろう。

そうこうしているうちに「着いたよ」とラインがきて、自動ドアからるーちゃんがじゃじゃーんと登場した。
るーちゃんは思ったより落ち着いたファッションで黒のジャケットに小花柄のロングスカートで露出の少なさにちょっとがっかりしたけれど年月を考えると仕方ないなーと思った。
サマーニットにセンタープレスの太めのチノというまーありがちなスタイルの私は
「るーちゃん、久しぶり!」とぶんぶん手を振った。
なんだかんだ、るーちゃんのことははすきだ。

「せっちゃん、久しぶりだね。っていうか7年ぶり?」
「いあ、もっとだよ。私が結婚する前から会ってないから10年ぶり!」
「えーそんなになるんだ!」とひとしきり喋って、
書店の隣の喫茶店に入った。

「それでお金が必要なんだ?」
「ダイトリが騙されて、専務にお金を持ち逃げされちゃって」

ダイトリ。
代表取締役のことらしいけど、るーちゃんが言うとなんだか大型特殊の略っぽいよ。

「それでクラウドファウンディングとか銀行融資を考えてたの?」
「うん。せっちゃんならそういうの詳しいと思ってさ。ねぇ、どう思う?」

どう思うって、Jカップがテーブルの上に乗っかりそうで、
だいぶ気になっちゃうけれど男性だったらこれは完全にセクハラな視線だし真面目な相談だからまず小型のノートPCを立ち上げてみる。

るーちゃんも私の真似をするみたいにして「会社から持ってきたんだった」と大型な
ノートPCを開いた。

「会社の名前はらとりえええぬっていいうのね」
「え?えが何回?」ラトリまで分かったけど。
「らといりええええぬ。ごめん、そこ伸ばすところかも」
「なるほど」
「それでね、そこの会社で私製造をやってるの」
それで前にEMSやらフェデェックスのやり方を訊いてきたのか。
徐々に全貌が見えてくる感じはいいけれど、最初にもっと情報があってもいいと思う。

「らとりえー」検索しても出てこないので他の情報を聞き出そうとすると、

「忘れてた。」とるーちゃんはがさごそとバックを探索すると
欧米サイズの細長い、レーシーなデザインの名刺を差し出した。
「製造リーダー」の肩書きと結婚して変わった苗字。
名刺ひとつで私のるーちゃんに対するイメージのなにかが変わった。

検索すると瀟洒なホームページに洋菓子の写真が並んでいて
洋菓子を販売してしていること、有名デパートにも商品を卸していること。
インターネット販売も行なっていることがわかった。

るーちゃんが「お菓子屋さんだよ」って言ってたのは、立派な洋菓子店だった。

「ダイトリが専務に騙されて900万、会社のお金を持ち逃げされちゃったんだよ。
それで急にお金が必要になって借りたいんだけどいいところないかな。」

るーちゃんの話を要約すると、今必要なのは90万。期日は14日までだから、あと一週間もないではないか!

るーちゃん最初にそれを教えてよ。
でもるーちゃんサイドにも理由があって、
この話は内密で社員数90名社内で知っているのはダイトリと経理のおじちゃんと、
専務お抱えの税理士、るーちゃんの4人だけだ。
専務の脱税が発覚すればダイトリにも痛手を被るので安易に周りに話すことも
出来ないみたい。

ダイトリも専務の不正を知りながらなかなか切ることが出来なくてようやく
今になって反旗を翻したところなんだけど、すっかり専務にやり込められていて
黙っていると
お金は取られたまま、90万の運転資金がなくて倒産。
ってなことになっちゃうみたい。
90万円で倒産なんてあるんだろうか、そこも疑問なんだけど。

で、専務お抱えの税理士が曲者でどうも専務に脱税を指南したみたい。

経理のおじちゃんから裏帳簿をコピーさせてもらったるーちゃんは
「研究開発費、雪国まいたけってないよね?ね?牛挽き肉が研究開発費もないよね?」

と、しきりに杜撰な会計を指摘していた。
専務は私物を、食費果てまですべて会社の資金から捻出していたようだ。

14日まで90万ないと会社がやばいことになるっていうのはわかった。

てっきり経営難とかそういう話しだと思っていたから
公庫や銀行融資を想定したことを話そうと思っていたけれどその方法は
審査に時間がかかるため使えない。

クラウドファウンディングも時間がかかる上、すべてを明るみに出したら企業イメージ、
取引先に対する信用もガタ落ち、これももちろん使えない。

「ここはダイトリに腹をくくってもらって、消費者ローンか企業向けローンでさくっと
お金を用立ててしまうしかないよ!」っていうキャラでもないから

「ほら、ここ金利安いし、審査即日審査だよ」とPCの画面を見せる。

「あ、ほんと。そこいいかも〜せっちゃんすごい!」とるーちゃんは鼻にかかった
甘い声で言う。

消費者ローンと企業向けローンを数社ピックアップしてるーちゃんはノートに一生懸命メモをしていた。

がんばれ、るーちゃん。
またランチに行く約束をしてその日は別れた。












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