節子と神の歯医者(暗号通信より)


節子はその歯医者のことをよく知っていた。
歯医者もまた節子のことをよく知っていた。

歯医者はとある集会所で「神」と崇められ、
神のくせに
本名、およその住所、趣味嗜好など大まかな自分の概要を世の中に
晒し神秘性のへったくれもなかった。

でもその集会所では神であることには変わりなかったし、勤務態度は真面目そうで
好感がもてたため頭の中で呼びかけるときもきちんと「先生」と呼んでいた。

しかし勤務態度と技術、知識は相関することはなく
衛生士からは疎まれ、軽んじられているのが歯科の知識のない節子にも
感じられた。

「寝グセはまぁしょうがないけど先生、髪のもっと毛洗いましょうよ」
ああ、誰か指摘してあげて欲しい。

「先生、5番アンダーカットです!」
「わかりません?ほら遠心の!」

このひっつめ髪の「うがいしてくださぁい」とやたらと「あ」にイントネーションをつけて話す中堅らしき衛生士さんはなんだか常に刺々しくて見ているこっちが
冷や冷やする場面がある。

そんなとき先生は弱々しく
「あぁ……」とため息みたいな反応をしていた。

神でも活躍できない場面もあるんだな。
節子は少し可哀想に思ったものの
ベタつく毛髪に「まあ、そんなことどうでもいいか」と思った。

年間の歯医者にかかる費用は一万円弱、この費用をなるべく
浮かせないといけません。
そのためにもっと歯磨きをしたほうはいいことはわかっています。
でも面倒くさくなって夜歯磨きをしないで眠ってしまうことも、
たまにあるんです。

目の前の「神」にではなく、どっかに神さまに懺悔しました。
忌々しい衛生士め、このお方けっこうその界隈では有名な神なんだぞ。

ボクは節子の口腔内の状況と、住所、氏名、年齢を知っていた。
今、自分の手元には口蓋部分だけくり抜かれたタオルをかぶった節子がいる。

ここだけの話、節子を虫歯に貢献しているのは紛れもないボクだ。

節子っていうのはけっこう仕事になるとなんでもやってくれて、
やれ「くだもの試食モニター」だの、「新作チョコレートモニター」だの
「お菓子食べ比べアンケート」に応募してくる。

それでも歯磨きをがんばっているようなのであまり虫歯にはならない。
先日も旬の白桃の詰め合わせを送ったのだが、もう食べてくれたのだろうか。


























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