幽霊の条件
「お菊の皿」2020 〜iDOLはやめられない〜
ライブチケットには
8月3日 25:30 会場
8月3日 26:00 開演
つまり今日の夜中やるみたいなんだけど、誘ってくれた播磨くんからの情報が少なすぎて
ちょっと不安だ。
今人気の幽霊が売りのアイドルみたいなんだけど映像もなし、写真には映らないから
美人だとか、かわいいという情報はあてにならないと思う。
ぼくの家からその幽霊が出現されると言われる屋敷はけっこう近くにあって、さらに姫路城も近いので足を伸ばして慰霊のための訪れる観光客もそこそこいたと思う。
でもいつの頃からか「皿屋敷のお菊さんが美人である」という噂が広がって、
その顔を一目見ようとするもの好きの集団で丑三つ時のお菊さんが現れる頃合いを
見計らって、誠に罰当たりなことだと思うのだが肝試しを試みたいらしい。
僕も播州皿屋敷の怪談話は知っていたから尚更だ。無実の罪で、殺されてしまった
お菊さん、そっとしておいてあげればいいものを!呪われてしまいえばいい。
だが、どうだ。
僕とたぶん今一番近しい友人播磨くんまでもがお菊さんに夜な夜な会いに行っているみたいでここのところ1限、2限の授業には出ないことが多い。
寝不足か祟りのせいだと思う。
さらに罰当たりな肝試しに参加しようと、観戦チケット、しかも「つばかぶりシート」を
高いお金を出して僕の分まで買ってくれていた。
「頼むよ、ササキ!もっと間近でお菊ちゃんを見たいんだよ。最近は来場者が多くて
普通席だと豆つぶくらいにしか彼女が見えないんだ。確かに命の危険は伴うけれど、
7枚のカウントで帰れば絶対安全だからさ。」
命の危険。
どうやら9枚まで皿を数えるのを見ると、見た人は死んでしまうらしい。
これまで死んだ人がいるという報告はないらしく、播磨くんから借りた
「お菊の皿数えガイドブック」には、お菊さんのこれまでの活動実績で死者を出したことがないこと。
そして、極悪非道な数え方「急激な数え方のスピードアップ」「3の次が9」なんて
ことはしない彼女の人柄、来歴もきちんと記載されていた。
元々はただの女中さんだったのに、ひどい男に見初められ、言い寄られても相手にしなかったのを逆恨みされ・・・
播磨くんは「そのおかげで今こうしてお菊ちゃんと会える」と言い切っているので
僕とは考えが合わない。
あまり気乗りはしなかったけれど、そこまで頼みこまれてレアチケットまでもらったからには一緒に行ってあげるしかないだろう。
待ち合わせた場所には「これからライブに行きますよ」っていうのがわかる格好をした
人たちが押し寄せ、なかなか播磨くんを見つけられなかった。
母に頼まれた「お菊せんべい」は10枚入りの表記なのに9枚しか入っていないらしい。
キャラクター化されたお菊さんがプリントされたTシャツやキーホルダー、皿、紙皿、
マグカップ、一般的なアイドルのコンサート会場のようでどこか罰当たりという
考えは薄らいでいた。
今や遅しと、みんながお菊さんの登場を待つ。
定刻の26時、青白い人魂がすうっと飛んできて井戸がライトアップされる。
「お菊ちゃーーーん!!」
あちこちから歓声があがる。
僕は、お菊さんを見た。
時代を超えても美人は美人なんだなっていう顔立ちで、
これは播磨くんが夜な夜な通っているのも、わかる。
お菊さんはにっこりと微笑み、手を振っている。
いまどきの幽霊ってこんな感じでいいのか、
僕は少し腑に落ちなくて戸惑ったけれど、
頭がぼぉーっとしてたぶん見惚れていたと思う。
幽霊だけあって、どことなく儚げで守ってあげたくなる所作だ。
肌が透けるように青白い。
「一枚…ゴホ」小さく咳き込む。
「二枚」ゴホゴホ、マイクに入らないように顔をふせて咳をしている。
「三枚…」目が合った。ような気がする。
さすがつばかぶり席である。播磨くん、ありがとう。
「四枚…」でも、どうやっても
「五枚」時間が少ない。
「六枚…」あと何秒かしたら、
「七枚」帰らないと。
七枚の声を聞いて、みなが一斉に駆け出す。
つもりだったと思う。
会場が混雑し過ぎていて、全く動けなかった。
「八枚」おい、うそだろ。
「九枚…」
「十枚」
「11枚」え、11枚?もうすぐ僕は死んでしまうのかもしれないけれど、
意外と冷静に「枚数足りてるどころか多いじゃん」と内心つっこんでいた。
「12枚」「13枚」「14枚」「15枚」「16枚」「17枚」
ちょっと、お菊さん急激なスピードアップはないって言ってたのに!
活動時間の限界のためだろうか、お菊さんの透けるような肌はさらに透けていく。
「18枚」
「19枚…」
「おしまい」
その日の公演はさまざまは波紋を呼び、
Twitterは炎上してしまっていたけれど
「風邪のため、明日の公演はできないと思い、
明日の分も数えてしまいました。ごめんなさい」
というコメントでさらにファンの心を掴んだようです。
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